2015年12月23日水曜日

1A-33(1930s) by J.F. Schwarzlose Söhne


小瓶の中に「あの頃」が詰まっている......。

皆様こんにちは、さかきです。
先日J.F. Schwarzlose Berlinの個人的な感想をくっちゃべりましたが、縁あってJ.F. Schwarzlose Söhneの未開封1A-33(パルファム)オリジナルヴィンテージを入手できましたのでメモしてみます。何が調合されているかとか具体的なことが分かれば良いのですが、探し方が良くないせいかドイツ語でも英語でも文献に行き当たりません(汗)もし、ご存知でしたらお知らせ頂ければと思います。

JF Schwarzlose Söhneはもともと1823年にJoachim Friedrich Schwarzlose氏が薬局をベルリンのマルクグラーフェン通り(Markgrafenstraße)に開業したのが最初で、1858年にプレンツラウアーベルクの宮廷御用達パフューマリー「Treu & Nuglisch(1820年設立)」の業務を引き継ぎました。この買収により、シュヴァルツローゼ氏の息子9人と娘2人のうち、フランツ、クルト、マックス、ヘトヴィヒという4人の子供達は「J.F. Schwarzlose Söhne - Treu & Nuglisch」と社名を改めます。

1900年になると、「陛下御用達 皇帝と王(Hoflieferanten Sr. Maj. des Kaisers und Königs)」という、プロイセン王国ホーエンツォレルン家のパフューマリーとの栄誉を得て、ますます評判が上がり、市場もヨーロッパから、アジア、オーストラリアまで拡大しました。 香水の愛用者の一人には皇帝溥儀も居たそうです。(アジアがモチーフのフローラルノートが製造されていたが、これを愛用されたかは不明)香水はオーストリア=ハンガリー帝国宮廷御用達にもなっておりました。1913年にはKaDeWe(Kaufhaus Des Westens)でも彼らの香水を販売しています。
1922年には「J. F. Schwarzlose Söhne」と社名を改めました。彼らの工場はドライセ通り(Dreysestraße 5)にあったそうです。この辺りで、J.F. Schwarzlose Berlinが名前を頂いた3つの香りが発表されています。

彼らは第一次世界大戦後のスーパーインフレを生き延び、1930年9月小売スペースをライプツィヒファー通りに開きます。同年の11月に先代(Joachim Friedrich Schwarzlose)唯一の孫エルンストさん(Ernst Köthner)が亡くなった為、彼の息子ヴェルナーさんが店を引き継ぎました。1937年からは香水の他、高級バスアメニティ製品を製造しました。

1944年戦争で工場や商店が破壊された後、1947年にアンニさん(Anni Köthner)は再度ベルリンとハンブルクでお店を再開しましたが、ベルリンの壁の建造とベルリンの東西分裂の影響で徐々に経営は困難となっていきます。1965年にアンニさん(Anni Muller-Godet、旧姓Köthner)がCEOに就任して、1976年までJ.F. Schwarzlose Söhne(Markgrafenstraße 29にて)を経営しました。


さてさて......
単なる愛好家の視点で申し訳ないのですが、リメイク版と新品未開封オリジナルは、ムエット(試香紙)で試した感じでは殆ど別物なのに、似たようなイメージ(情景)が浮かんできたのは不思議でした。そして今日、ようやくオリジナルを肌で試しました。

香り立ちは透明でありながら動物的、シベットが顕著に感じられます。冷たい風が頬に当たる朝、シュプレー川沿いで犬の散歩をするカーキー色のトレンチコートを着たご婦人が現れました。ショートボブにパーマネントを当てた金髪がモスグリーン色のクロシェ帽からのぞいていて、旅の予感を思い起こさせるガソリン様な匂いが、ふわふわとフローラルノートを囲っています。

ミドルノート(ハート)へ移行する頃、アイリスが主張し始めました。ひょっとしたら、ジャスミンやオレンジフラワーも? フルーツではないフラワーベースのキャンディカラーの匂い。このツンとしたアクアティックな部分がもしかするとリンデンでしょうか。現行品よりも静かでダークなリンデンです。冷たさの奥に穏やかさがあり、赤いハイヒールを履いた彼女が「一人でも生きて行けるわ」と言っているかのようです。

ミドルからベースにかけては殆ど印象が変わらず、1930年代版のアクアティックノートといったイメージが浮かびました。分かりやすく言うと大和糊にも似た抑え気味のパウダリーノート(笑)アルページュくらいのアルデヒドは調合されていたのかなと思いました。ムスクやシダーウッドも潜んでいそうでした。

未開封とはいえ、年月の経過で多少の劣化は感じられましたが、やはり小瓶の中には「あの頃」が詰まっていました。ベルリンのあの頃はヴァイマル時代。カバレット、タンゴ、アヴァンギャルドな文化人、エル・ドラドのような華やかなナイトクラブ、リヒャルト・ヒュルゼンベック(Richard Huelsenbeck)、ジョージ・グロス(ゲオルク・グロース)、ジョン・ハートフィールドやウィーン出身ベルリン育ちのラウル・ハウスマン等のベルリン・ダダ、バウハウス・ベルリン、押し寄せる闇の時代......。私はクラシック香水も現代香水も好きになった香りは好き! な性質ですが、現代でこの香りをお好きな方は少数派になってしまうだろうなあと感じました。

J.F. Schwarzlose Söhneの1A-33は亡き古き良き香り。現行の1A-33はクラシカル要素を盛り込みながらもキラキラとした今のベルリンを映し出しています。これのパルファムが出れば最高です。

0 件のコメント:

コメントを投稿